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重たい魂が宿る

医師として色々な方の死に寄り添うことがありますが、慣れる、ということはありません。

それでも、医療のプロとして実際の現場では様々な場面での経験を重ねていきます。

それは常に唯一にして無二のものです。


死を看取る経験は、いのちを受け取ることであり、自分の心に魂を宿らせることでもあり、より大きな魂の重さを持ちこたえるよう成長していくことが、心構えとして大事なのだろうと、思います。



そうしたことは、水木しげる「のんのんばあとオレ」の中で、のんのんばあと水木少年との問答の中に出てくることそのもの。


水木しげるが少年だったころ、死は日常であった時代。

死は誰にとっても他人事ではなく、切実な自分事であった時代。

東京から病気療養に来ていた千草という若い少女がなくなったときの、ふたりの会話から。


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しげる「なーんもする気が起きんのだ」

のんのんばあ「それはなぁ 千草さんの魂がしげーさんの心に宿ったけん 心が重たくなっちょるだがね」

しげる「魂は「十万億土」に行くんじゃなかったんか」

のんのんばあ「大部分はそうだけど 少しずつゆかりの人の心に残るんだがね。 でも しばらくすると その重たさにも慣れるけん 心配はいらんよ」

しげる「ふーん」

のんのんばあ「身体は物を食うて大きくなるけど 人の心はなぁ いろんなたましいが宿るけん 成長するんだよ。小さい頃からいろんな物を見たりさわったりしてきちょるだろ。石には石の魂があるし、虫には虫の魂があるけんなぁ。そげんさまざまな魂が宿ったけん しげーさんはここまで成長したんですなぁ」

しげる「・・・」

のんのんばあ「でも ときに宿る魂が大きすぎることがあってなぁ」

しげる「いまのオレか・・・・」

のんのんばあ「これから先はもっともっと重たい魂が宿るけんなぁ」

しげる「もっと?!」

のんのんばあ「でもしげーさんの心も その重たさを持ちこたえるぐらいに 大きくなって大人になっていくんだでね」





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