カモと山と湖面と星
元々は人工の湖だが、生き物の水場となり、多くのカモがいて、心が和む。




伝染病(感染症よりも、この言葉の方がイメージとして適切では?)が流行している中で、あまり人に会うことができず、それぞれが自分自身や自分の周囲との関係性を深く見直しているこの時期。
自然の中で、あらためて人間という存在の非力さとちっぽけさと、それでいて、力をあわせてたくましく生きていこうとしてきた人類の歴史が、ふと山を見ると頭に浮かんでくる。
山は人の営みをずっと見守ってきたんだろう。

ボートに乗って、水面と同じような視点を持つと、なんだか水面の揺らぎが、意識の揺らぎのように見えて、こうして意識と無意識の狭間を行ったり来たりしているのが人生だなぁ、と。
眠りの時間こそ、自身の生命の場に戻っている象徴的な重要な時間で、人生は眠りのためにこそあると言っても過言ではなく。



自然は、誰にでも中立的な存在だ。善でもなく悪でもなく。
そうした中立的な存在に触れ続けることこそが、自分という存在のニュートラルな場所を知るきっかけになると、改めて思う。


水の波紋に光があたると、星のような形が見える。
子どものように、過剰な「情報」も「概念」もない存在には、この景色はどう見えるのだろうか。
じっと湖面を見つめる子どもと、自然以外何もなかった古代に戻ったような気がした。





Comments