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「どん底、」でこそ光明を見る

November 13, 2017

11/29水曜に行われる「どん底、」(ゴーリキー作)公演のプレ対談が11/11にあった。自分はナビゲーター。

アニシモフ監督&田口ランディさんというパワフルな組合せ。


色々な話が出て面白く勉強になった。
スタニスラフスキーシステムでの俳優修業のプロセスなんて、本当に面白い。
日本で言えば「道(みち)」の世界だ。

 

 

 

今回、やはり自分が一番興味があるのは、なぜ現代であえて「どん底、」という演劇をやるのか、その意義だろう。

 

この作品自体は、1900年代のロシアが舞台で、貧しいひとたちがある宿を舞台にして起こる群像劇。
どんなつらい状況の中でも、人間が人間らしく生きるとはどういうことか、そういう極限状態でこそ浮かび上がる人間の深い本質をこそ、描いている。

 

 

 

 

祖父母の世代は、「どん底、」を経験した世代だろう。
 戦争で、今まで得た地位や名誉も、お金も物もなくなり、焼け野が原から日本というシステムをもう一度作り上げていった。


 親の世代も、その余韻をうっすらもってはいる。ただ、親の世代はその亡霊を打ち消すように、すべてのプライベートや家庭を犠牲にして、多くの人が仕事に邁進した時代だった。

効率性と大量生産、大量消費社会をつくって、人・物・金、の3点セットをぐるぐると回転させていくことが社会の進歩につながると、仮定して。

 

 

そして、今がある。
では、今、どういう時代だろう。


どれだけの人が幸せや、生きる実感を得ているだろうか。

 

ゴーリキー「どん底、」では、物質的な飢餓での人間の極限状態を描いていたが、

現代は、むしろ精神的な飢餓が描かれるのかもしれない。


 食べ物はある。寝る場所はある。
ただ、何か足りない、何かが違う、何か穴があいている。


そう感じている人たちは、戦前・戦中のようにドスンと床を外されて「どん底」に落ちるのではなく、知らないうちにズリズリと「どん底」へと落とされているかもしれない。


 個人的には、そのズリズリした見えない力は、人間が生み出した「システム」によって、ジリジリと、逆に自由を奪われているのではないかとさえ、思う。

 

 

ただ、人間は、どんな「どん底」にあっても希望を持って生きていくことができる。

アルコール中毒などでも「底つき」と言って、とにかく底の底にまで一度落ちて観なければ、エネルギーが反転して上に浮上してこない、と言われる。

 

先に進めないときには、前に進もうとせず、とにかく下へ下へと、自分の存在の根からはずれないように掘っていけば、いづれそのエネルギーは反転して浮力のように自然に浮かんでくるのだろう。

 

「どん底、」でこそ光明を見る

 

 

 

このロシアのゴーリキー作「どん底、」が、なぜ今の時代に上演されなければいけないのか。もちろん、答えはない。
アニシモフ監督が無意識に何をキャッチしてこの上演が行われるのか、観る側がそういう視点で見た方が、きっと楽しめると思います。

 

 

 

 

ロシア人のアニシモフ監督は、日本語も話せない方なのに、「源氏物語」の演劇化を長期的な視点で考えているとのこと。


 古代の人は、常に自分自身のイメージとつながって生きていた。
 現代のように外部のイメージに惑わされることなく、自分自身からわき起るイメージを大切にして、それを言葉という抽象世界に秘め、和歌を詠んだ。古代は、言葉の密度が濃く、力も重い。
そうした古代の世界とつながるために、演劇という装置はタイムマシンとして機能する。

 

 

アニシモフ監督は、ロシアの古典と日本の古典とを振子のように上演されるので、過去という時空の中でロシアも日本も国という概念が芸術の中に溶けていくようで、とても楽しい。

 

 

 

どんな作品に仕上がっているか、見てみないとわかりませんが、11/29水曜の公演は自分も見に行きます。

17時開場、18時開演、で早いので遅れないようにしないと。。。汗
ご興味ある方は是非ー!

 

 

『どん底、』公演情報
@渋谷区文化総合センター大和田4階 さくらホール(東京都渋谷区桜丘町23-21)
17時開場、18時開演

 ●東京ノーヴイ・レパートリーシアター
 

 

 

 

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