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岡本太郎「神秘」二玄社 (2004年)

April 13, 2017

岡本太郎の「神秘」二玄社 (2004年)という写真集。

写真も文章も岡本太郎だが、本当に素晴らしい本だ。

被写体の質に対して、岡本太郎も同等の質の言葉と写真とでレスポンスしている。

 

 

 

 

岡本太郎は、芸術や人間の最も原始的な形態を、あらゆる角度から表現しようとしている。

そこは生命や魂の源であり、謎や神秘としか表現できない。

根源の捉えどころない振動して揺らぎ続けている場所だ。

 

 

自分も5/28にヨコハマトリエンナーレ2017『島と星座とガラパゴス』の「ヨコハマラウンド」で対談相手として呼んで頂いた。自分はアート畑の仕事ではないからこそできることがあり、こうした人間の根源に迫るものを、あらゆる角度から追っている。

 

岡本太郎が伝えようとした謎の一端を、同じくらいの質を持って開示できればと思う。
アートってなんだ、と、内的な対話の針がおのずから進んでしまうような時と場を。

 

人間が生きている営み。生きていることそのもの。

生きていること自体が生き残っているということであり、人生はすでに芸術作品なのだ、ということを。

そこを自覚して生きるか、無自覚に生きるのかは、天と地ほどの違いがある。

 

 

 

岡本太郎『神秘』二玄社 (2004年)より
●「現代人が、自転車やテレビなしには生活できないように、かつて人は神秘の世界の恵みをたしかめなければ生きられなかった。
神秘には現実的な、また非現実的な王国がある。」

 

 

 

 

●「このような神秘はかつて日本全土をおおっていたと考えられている。
歴史の奥深くかくされた原始日本。地の底の呪文のように謎を秘めている。」

 

 

●「水は根源の「聖」である。
俗の世界の及ばないところに、静かに湧き続けている。」

 

 

 

●「人間生命の、ぎりぎりの美しさ。
いかなる自然よりもはるかに逞しく、新鮮に、自然である。」

 

●「人間の純粋な生き方というものがどんなに神秘的であるか」

 

 

 

 

●「まことに人間というのは根源的に矛盾的存在なのである。
自分と、自分を超えたものとを、いつも自分の内にもち、
そしてその双方をしっかりとつかんでいなければ本当は生きられないのだ。

 

引き裂かれた存在-


矛盾を克服するために、逆にさらに矛盾した様相で身をよそおい、一だんとそれを深める。」

 

 

●「生活の底に生きつづけているからこそ、
その天地根源期のような清浄にふれると、
それが幅ひろく、あらわにひらく。
‐神秘の実感である。

そこに、独自の表現だが、
私は日本人のロマンティスムというようなものを感じるのだ。」

 

 

 

 

●「一回だけの表情として、そのかぎりにうち出され、しぼり出されるのだ。」

 

 

 

●「初源的な世界では高度な宗教的教義より、より身近に肌に触れてくる宇宙観の方が強かったに違いない。
自然とともに人間の運命は流れている。」

 

 

 

●「神秘的で超現実的な美しさ。
そこに女そのもの、女性の魂そのものがむきだしに、
あらわにされた驚きを感じる。」

 

 

 

 

●「これらすべては美しい。
意識された美、美のための美では勿論ない。

生活の必要からのギリギリのライン。
つまりそれ以上でもなければそれ以下でもない必然の中で、
繰りかえし繰りかえされ、浮かび出たものである。」

 

 

●「古い時代、沖縄では神と交わるのは女だけの資格であり、直接神事に関する一切は男にはタブーだった。」

 

 

●「芸術は呪術である。
人間生命の根源的混沌を、もっとも明快な形でつき出す。
人の姿を映すのに鏡があるように、
精神を逆手にとって呪縛するのが芸術なのだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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