自然界と人工界 人工界と自然界

昔は、周囲全てが自然で、人工物が少なかった。

だからこそ、自然の中にいる子どもをひっぱってきて、学校の教室に座らせて、人工社会とは何なのか、という学校教育が必要だった。


今はすべてが逆になった。 周囲全てが人工物で、自然が少なくなった。 だから、今の教育の目的も逆になる。 人工社会の中にいる子どもをひっぱってきて(多くの悩みは人間界での悩み)、自然に放り込み、自然社会とは何なのか、という教育が必要になった。



このことは、医療の世界でも同じだ。 周囲全てが自然で、人工物が少なかった時代には、人を病院という人工空間の中に呼び込むこと、自然と隔離された空間での治療という行為には意味があった。


今はすべてが逆になり、周囲全てが人工物で、自然が少なくなった。 そうなると、人間もデータ化され、人工物化され、自然から排除されるようになってきた。内的自然とはまさに自分自身のことだ。そのこと自体が病の温床になった。生身の人はいりません、データだけ必要です、という社会をおし進める推進力に、医療も一役買ってしまった。


だからこそ、今の時代は、内的自然を取り戻すことが課題となった。自然の中で自然治癒力を高めていくこと、人間をデータ化させないようにする(データ化できない膨大な無意識の世界を発見する)こと自体が、治療になっているように思う。


AI時代、すべてがデータ化されていく時代潮流の中で、すべての役割が逆転している。 人間が自然界だけではなく人工社会からも排除されるべき対象とならないよう(そうなると落語の世界だ)、注意する必要があるとすら、思う。