自然の形 生命の形
家の近くにいる。
こどもと、自然から「らせん」を発見しよう、という遊びをしている(実際は自分がしていることに、2歳の子どもに付き合ってもらっている)。
今は、自分の手が届き足で回れるほんの周囲から「自然」を再発見する時期なのではないかと思う。こんなにも自然に囲まれていたのかと。 もちろん、「いのち」の世界は、内的自然世界として誰にでも、常にいまここにある。内的自然を発見する旅に出るのも、酔狂だ。夢の中でも。
苔。 と簡単に呼ばれている中に、菌類や藻類や、その共生体のような生命のあり方がある。
苔やすべての自然界に生命を発見できなければ、肉眼で見えない「ウイルス」が何なのか、わたしたちはそこから何も発見できないのかもしれない。
自分はコロナ騒動をきっかけとして、生命への眼がさらに開かれてきたことに驚いている。
今から約3000年前(紀元前1000年頃)の人類が未来へと残した言葉として、「ウパニシャッド」(バラモン教とヒンドゥー教の聖典であるヴェーダの総称)を詠む。
『ウパニシャッド』 (講談社学術文庫、辻 直四郎)より引用
「一なる意識の開かれた大海は光と水と物質になった そして、この三元素はあまた多くのもとになった かくして全宇宙は常にその内側に開かれた 無限の意識の大海として創造された」
「あらゆる自然は魔法の劇場に他ならぬと知るがよい 母なる自然こそ魔法使いの師匠なのだと この世界は母なる身体の各部を密集させたものだ」
「われらは蜘蛛のごときもの 網目状に人生を紡いで渡る さながら夢見る夢想家であり、ただ夢を生きるのみ これぞ全宇宙の真実なのだ。」
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