井上ひさし「この人から受け継ぐもの」(岩波書店、2010年)

井上ひさしさんの「この人から受け継ぐもの」(岩波書店、2010年)を再読。




井上ひさしさんが生前に、サインを頼まれた時によく書く言葉が、


『むずかしいことをやさしく、

 やさしいことふかく、

 ふかいことをゆかいに、

 ゆかいなことをまじめに書くこと』


だった。


この本には、同じ劇作家でもあるチェーホフへの深い愛情と尊敬がある。


チェーホフ(1860~1904年)は、ロシア生まれの医師かつ劇作家。結核で44歳の若さでなくなってしまった。


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井上ひさし「この人から受け継ぐもの」より

『チェーホフの時代の主調音は、流刑とテロと圧政と暴動である。落胆と絶望がその主旋律だった。 

その暗い時代にチェーホフはほがらかに現れ、笑劇や喜劇の方法でひとびとの心のうちに深くはいっていき、医療や学校建設の仕事を通してひとびとの願いを聞いた。


そしてチェーホフは、結局のところ、人間は生きる、ただそれだけのことなのだという真実を発見したのである。』

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『私としては、万人に通じ合う大切な人間の感情をたがいに共有し合って、他人の不幸を知っていながら知らんぷりをしないと説いたチェーホフを信じる。』

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チェーホフが生きたロシアも、テロと圧政と暴動が日々繰り返され、絶望と無力感にさいなまさていた。ただ、彼は笑顔でほがらかに生きていこうとして、悲しみを医療行為や創造行為へと変換していった。



自分の奥深くにダイレクトに到達してくるものを素直に受け入れることができるかどうかが第一段階。

その受け取ったものを、この複雑極まりない現実世界の中で針孔を通すようにしてどう実践できるかどうかが第二段階だ。  


チェーホフの言葉を素直に受け止め、彼が遺したかったことを現実世界の中で諦めずにコツコツと実践するしかないのかな、と思う。



井上ひさしさんが受け継いだもの。

彼はすでに亡くなってしまったのだから、いま生きている人が引き継いで、さらにそれを引き継いでいかないといけないんだろう。


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井上ひさし「この人から受け継ぐもの」より

『ユートピアとは別の場所の事ではなく、自分がいまいる場所のこと、そこをできるだけいいところにするしか、よりよく生きる方法はないという、チェーホフのことを信じるしかないのだ。』

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「自分は誰から何を受け継いでいるのか」と深く受け止めることで、その人の生き方の主旋律や通奏低音は決まっていくと思う。受け継ぐものは恨みや憎しみではなく、愛や喜びであってほしい。



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チェーホフ「三人姉妹」

『やがて時が来れば、どうしてこんなことがあるのか、なんのためにこんな苦しみがあるのか、みんなわかるのよ。わからないことは何一つなくなるのよ。 

でもまだ当分は、こうして生きていかなければ・・ ただもう働かなくてはねぇ!』

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