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柔道の神髄を体現する柔道家、谷本歩実さん


第15回 道の学校のゲストは柔道家の谷本歩実さん。

アテネ2004&北京2008 オリンピック金メダリストであり、すべて一本勝ちで二連続の金メダルをとられたのは、柔道の歴史でも谷本さんだけ、とのことだ。

実際にお会いするとどんな猛者の方かと思っていたが、リアルな谷本さんは誰もが思わず好きになるような天真爛漫な素敵な方で、その存在の在り方にこそ柔道の神髄をみたものだ。

というのも、 講道館柔道の創始者である嘉納治五郎氏は、柔道は「勝ち負けではない」と言った。 これはまさに禅問答のようなものだ。この問いをしっかりと受け止めることができた柔術家こそが、嘉納治五郎のスピリットを受け取った人になる。

スポーツとして柔道を考えると、金メダル、勝ち負けなどの順位を争うものだ。ただ、「道」の世界としての柔道を考えると、勝ち負けに本質はなく、あくまでも己を磨き、精進し、発展、変化し続ける道の途上があるのみだ。

禅の公案でもそうだが、矛盾をしっかり受け止めることができる強さや広さがあるかどうかを試し、挑む。

谷本さんは、柔道は相手を思いやり、尊敬すること、闘いの後には互いを尊敬しあう思いやりや敬意が残る戦いを大切にされている。 憎しみではなく愛が残る戦い。

実践し続けた人しか言えない台詞だが、フランス人柔道家のライバルとの関係性は常にそういうものだったらしい。あなたに負けたことよりも、あなたと闘えたことがうれしかった、と言われることは、お互いの敬意こそが戦いを支えていたのだろう。互いに恥ずかしくないよう練習を積み、一瞬の闘いの場まで、自己を磨き続ける。

谷本さんは、ポイントで勝つ柔道に柔道界全体が変化していくとき、「一本勝ち」にこだわり続けた。そのことでマスコミからは大バッシングを受け続け、「一本勝ちにこだわるから勝てないんだ」というマスコミの無責任な報道に、連日涙を流して泣いていたらしい。

なぜそこに彼女の美意識が宿っていたのか。 それは、おそらく嘉納治五郎氏との心の中での問答を繰り返した、彼女なりの天界への返答だったのだろう。

柔道は日本が世界に広げたものだ。 ルールも美学もすべて、最初にはじめた日本人たちが責任を持って決めるべきだ。

言い出しっぺの日本が、「ポイントで勝てればなんでもいい」という風に流れてしまうと、「なんだ、柔道ってそういうものなんだ」と柔道に関わるすべての人が思ってしまうではないか。軸がぶれると全体がぶれる。だからこそ、谷本さんは柔道界の中心軸を守り続けようと思った。中心を見失うと全体がぶれて船は難破する。中心軸をこそ、必死に守ろうとしたのではないだろうか。

もちろん、マスコミで無責任に批判をする人たちは、柔道全体のことなど何も考えていない。何の責任もとらない。守られた場所から石を投げているだけだ。批判や攻撃の矛先を見つけて世間の声を動かすことに喜びを感じているだけのことだ。

谷本さんが必死に守り続けた柔道の美学は、単なる勝ち負けを超えた世界にあるものを守り伝えるために絶対に譲れないものだっただろう。

マスコミの批判をじっと矢面に立って耐え続けた谷本さんの強い思い、と折れようとする心との葛藤の姿とが思い出されて、涙が出た。

谷本さんのお父さんは、柔道のことは何も知らなかったらしい。

谷本さんが子どものころ、父は柔道教室に必ずきて、正座をして口を真一文字にして真剣に柔道の練習を見ていたと。その父の姿が見えると、いつも襟を正した、とのことだ。

こうした父の姿の意味に、谷本さんは自分が親となり、子どもを柔道に習わせるようになってはじめて気づかれたのではないだろうか。 谷本さんは、子どもに柔道させるのが怖い、とおっしゃっていた。

怪我する、時には爪がはがれる。そんな自分の子どものすがたを見て、そこまでしなくていいのでは、もうやめてもいいんじゃないか、と思いながら、子どもが柔道を学ぶ姿を見守っている、と。

おそらく、それは親の正直な心だろう。

危険なことを禁止するのは簡単なことだ。

ただ、危険なこと、命がけで真剣にやっていることを、じっと見守り続けることこそ、見守る側に真の強さや愛が求められる。

谷本さんのお父さんは、何も言わずにずっと無言で正座していた。その心境は、娘の幸せと安全を願う純粋で無垢なる心だっただろう。

若い時には分からない。若い時は目の前のことに必死で精いっぱいだ。 ただ、親から見ると、ただ生きていてくれればいい、それだけが親の一番の願いではないかな。

そうしたことは、自分も親となって子供を見ていて毎日思うことだ。

何かを得ること、何かをすること、有名になること、偉くなること・・・、そうした目先のことに関心が向かいやすい。情報化社会では、特に他者からの承認欲求が増幅される。

ただ、すべては生きていてこそ、なのだ。 だから、日々元気に生きていればそれだけで十分だ。

それが親や周囲の一番の願いの根本で、その見えない前提の中で僕らは全力で必死に生きていくし、憧れと夢とを抱えながら挫折と栄光とに振り回されながら前を向いて生きていくのではないかな。

谷本さんの言葉は、常にまっすぐで真剣で、自分の心に嘘がなきよう、それでいて聞いている人にうまく伝わるよう、工夫して、対話の場を大切に話されていた姿がとても印象的だった。

指導者となり、教えることのむずかしさに今も悩み続け、その葛藤を孵化前の卵のように大切に抱えながら指導者の立場をまっとうされようとしている姿にも、柔道での姿勢とまったく同じものを感じた。

柔道は確かに戦う。ただ、そこに遺恨は残してはならない。 恨みや憎しみで戦えば、そこには憎悪しか残らない。

相手への敬意、尊厳、思いやり、そうしたものを大切にしてお互いが全力で戦えば、そこにはお互いの成長や感謝しか残らないではないか。

共に憎悪と嫉妬の餓鬼道へと落ちていく道に歩みを向けるのか、共に高めあい深め合う道へ歩みを向けるのか、それこそは、今の社会に真に必要なことだと思う。

生きているだけで、わたしたちは社会の中で無意識に影響を与えあっている。 自分が何かを得て喜んでいると、そのことで誰かは何かを失って悲しんでいるのかもしれない。

共に同時代を生きている見えざるひとたちへの敬意や愛情を持ち続けてながら生きることは、高度に複雑化し、すべてが接続された現代社会で生きていくときに必要なわきまえなのだろう。

そうしたことを、全身で体現しながら生きているように見えた 嘉納治五郎氏も、口では何とでも言える、そのことを体現して生きていけるかどうかだ、と言っていた、と。

谷本歩実さんの存在からは大きな勇気を頂いた。 これは、実際の生身の人と接して、直接的な皮膚感覚、肌感覚でしか受け取れないもの。

誰もが応援したくなり好きになる。 そんな魅力を谷本歩実さんは全身で発していた。

その事実に、柔道の険しい道を真摯に登り続けた人の境地をこそ、感じとった。

■2019/7/9(Tue)(19:00-20:45): 第15回 道の学校@慶應大学日吉キャンパス来往舎シンポジウムスペース  〇谷本歩実(柔道家)(アテネ2004&北京2008 オリンピック金メダル)

〇JUDO LEGEND: Ayumi Tanimoto 谷本 歩実 (JPN)

〇柔道名勝負列伝10 谷本歩実VSデコス 「0.1秒の反応」


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