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舞台『暁の帝〜壬申の乱編〜』と『暁の帝〜朱鳥の乱編〜』


昨年の舞台、『暁の帝〜壬申の乱編〜』が、Amazonプライム・ビデオで配信開始されました!

演劇を見れるのは、アマゾンプライムでもかなり珍しい! アマゾンプライム会員は、無料で見れます。

自分もアソシエイトプロデューサーとして関わりました。

舞台を映像で見ると、距離感があって、いつでもなんだか変な感じがするんですが、それでも役者さんたちの溢れる熱量は伝わるんじゃないかと!!

暁の帝 壬申の乱編(2018)

飛鳥時代、この国がまだ日本ではなく倭国と呼ばれていた頃。朝鮮半島での戦争に加担し大敗を期し、国は大きく揺れていた。

監督 伊藤靖朗

主演 小澤雄太, 森田桐矢, 佐藤美希

■2018/6/27-7/1:舞台『暁の帝 -壬申の乱編-』@池袋シアターグリーン「BIG TREE THEATER」 (東京都豊島区南池袋2-20-4) (cf.公演オフィシャルページ)  脚本・演出:伊藤靖朗(舞台芸術集団 地下空港)  音楽:福廣秀一朗  舞台監督:木村 篤  プロデューサー:たちばなやすひと / 藤原マリエ  アソシエイトプロデューサー:仲村和生 / 稲葉俊郎 / 朝比奈文遂 / こまね子

<参考>当時の感想

→●June 28, 2018:舞台『暁の帝〜壬申の乱編〜』@池袋シアターグリーン

(自分が舞台パンフレットに寄せた文章)

「はじまり」の人たちと共に

 わたしたちは歴史から逃れることはできません。どんな人でも、必ず歴史的なつながりや関係性の中で存在しています。網の目のように張り巡らされた歴史の流れこそが、あらゆる存在を生む母体です。

 言葉、文化、文明、芸術、物語、貨幣、法律、、、身の回りのあらゆるものには必ず「はじまり」があります。そして、その「はじまり」が起きるためには、必要な条件が揃わないと「はじまり」自体がはじまらないのです。誰かひとりの力だけでは歴史が動くわけではなく、必要な条件が揃った上で、最後の一押しにより物事は動き出します。最後の一押しをした人の名前だけが歴史に残ることが多いのですが、目を凝らしてよく見ると、その周辺にはあらゆる前提・条件・関係性が、相互に複雑に分かちがたく影響しあっていることが分かります。

 「時(とき)が満ちて」物事は起きますが、その表現の中にも、人間が「みずから」起こしただけではなく、避けられない時の流れの中で「おのずから」起きた、という意味合いが込められています。「自ら」という言葉は、ある時には「みずから」と読み、ある時には「おのずから」と読みます。歴史も、人間が「みずから」起こしたことと、時の流れの中で「おのずから」起きたこととが重なっています。そうした「みずから」と「おのずから」の「あわい」の中にわたしたちが生き、生かされている。「みずから」や「おのずから」、どの立場から歴史の動きを見るかで、見える風景は変わってきます。人間の視点と時の視点。当時に生きた人間を好意的に見るか、悪意を持って見るか、見る側の態度次第で、歴史はあらゆる表情を見せてくれます。人間は雄弁で饒舌ですが、「時」はじっと時を刻み続けることに専念し、永遠に沈黙を続けます。

 壬申の乱は、日本での「はじめて」が数多く作られた激動の時代です。「はじめて」が起きる条件はすでに準備され、時が満ちるのを待っていた時代であるとも言えます。「日本」という国としてのまとまりも、そもそも「日本」という言葉自体も、この時期に「はじめて」生まれたのです。神話も戸籍も法律も天皇という存在も・・、現代につながる多くの「はじまり」がこの時期に作られました。

 緊迫した国際情勢の中で、国というまとまりを誰かが責任をもって「みずから」つくらなければいけない、「おのずから」の流れに任せているとこの国は滅亡してしまう、という時代です。強い意志をもって「みずから」動いた人たちが、必死に懸命に生きました。針の穴を通すようなギリギリの選択の連続の中で。男性も女性も、それぞれの立場や役割を果たし、複雑な関係性の網の中で人々は最善を尽くし、懸命に生きました。未来に生きる、まだ見ぬわたしたちにバトンを渡すために。

 万葉集も、この時期の人たちが数多く登場します。当時は「言霊(ことだま)信仰」が当たり前の時代。言葉は生きていて、言葉を生む出すことは命を産み出すこと。言葉と現実とが呼応(シンクロ)すると強く信じられていた時代です。歌を詠むことそのものが政治でした。言葉が現実を作るため、人々は未来のために歌を詠みました。過去と未来をつなぐため、死者を弔い、死者を鎮魂し、歌を詠みました。

 日本神話も、この時期に作られました。日本神話は今の学校教育では学ぶ機会が少なく、多くの人が深く知りません。ただ、だからこそ私たちは先入観なしに神話と一対一で対峙できるとも言えます。神話には「神々」という役者が演じる「物語」としてしか心に収めることができなかったリアリティーがあります。神話は古代の感性で接さないとその重い扉を開けてくれません。

 現代を生きる私たちは、過去の事柄を知的には理解しているつもりになっていますが、体験としては理解できていません。体験として身に染みて理解するために、人々は演劇という手段を生み出し、劇場という空間を生み出しました。役者や演出家、そして舞台を支えるすべての人たち。その思いが光のように重なりあうことで、劇場の空間はいのちを受胎し、一期一会で訪れた全員がひとつの共通体験をします。演じ手と観客とが一塊となって古代と現代とをつなぐ舟となり、その舟は時空を超えて旅をして帰還します。「夢」の中では時間や空間の制限から解き放たれて自由になるように、共に「夢」の通路を利用するのです。舞台を見て帰るとき、身体の組成はすべて入れ替わっています。わたしたちは過去の自分には戻れません。

「はじまり」のひとたちが必死に生きた。その事実の重みを高みの見物として外野で見るのではなく、「はじまり」のひとたちが生きた場所で、生きた鼓動を感じ、息づかいを感じ、いま生きているわたしたちが全身で感じるために。必死に生きた人たちを冷笑したり、蔑んだり、誇りを汚したり、安易に分かったつもりにならないために。いま、ここで、しっかりと受け継ぐために。

あと、続編の『暁の帝〜朱鳥の乱編〜』も、いままさに!池袋シアターグリーンでやってます。

http://produce-party.com/akatsuki2

6/23日曜まで上演です。 とっても面白いし、演劇はその場で見ると感動が何百倍にも膨らむ素晴らしい世界なので、ぜひぜひ見に来てほしいです!!

<参考>自分の感想

→●June 15, 2019:『暁の帝 -朱鳥の乱編-』@池袋シアターグリーン

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2019/6/13-6/23:舞台『暁の帝 -朱鳥の乱編-』@池袋シアターグリーン「BIG TREE THEATER」 (東京都豊島区南池袋2-20-4)

演 出 :伊藤靖朗 (舞台芸術集団 地下空港) プロデュース・脚本 :たちばな やすひと(Nemeton) プロデューサー :藤原マリエ(マリエ・エンタープライズ)、仲村 和生(NAPPOS UNITED) アソシエイトプロデューサー :稲葉俊郎、朝比奈文遂(シアターグリーン 支配人)、こまね子 音 楽 :福廣秀一朗 企 画 :Nemeton、マリエ・エンタープライズ、 NAPPOS UNITED 協 力 :ホリプロ、LINUS ENTERTAINMENT、BLUE LABEL、MMJ 製 作 :Nemeton

時は飛鳥時代。壬申の乱後の世界を描く。 壬申の乱に勝利し大海人皇子(おおあまのおうじ)は天武天皇として即位。 本作の主人公である鸕野讃良(うののさらら)も皇后として即位し、天武天皇のサポートに徹していた。

しかしすぐにやってくる後継問題。 讃良は自らが産んだ草壁皇子を推したいが、そこには知力、体力共に 草壁より優れている大津皇子の存在があった。 愛する夫・大海人皇子の国づくりのため、母とのしての思いを我慢する讃良だが、 大海人の体調は悪化する一方で、皇后としての重責がのしかかっていく。

やがて、讃良の願い叶って草壁が次期天皇を約束されるが、天武天皇が病死してしまい、 讃良は最愛の夫と死別してしまう。 また大津がそれを機にクーデターを起こそうとし国は混乱していく。 その渦中で讃良はどのような判断を下し、亡き夫の意思を継ぐことができるのか。

夫への愛、そして息子への愛を貫いた先に、鸕野讃良が自らの使命を果たそうと、帝に即位するまでの物語。


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