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「同意」ではなく「理解」する


福岡の津屋崎、濃い二日で楽しかったなぁ。

→〇波の音に包まれて 津屋崎(June 3, 2019)

→〇肉体性の喪失、関係性の喪失(June 2, 2019)

街づくりとか場づくりというのは、名詞ではなくて、動詞。 名詞にしてしまうと、動きが止まってしまう。 街をつくる、場をつくる、という動詞であり続けることが、その中に変化が含まれていて、大事なのだろう。

ぼくらの職業も、ほぼすべてが名詞。 医師とか彫刻家、とか・・・。 でも、本当に僕らは「名詞としての仕事」になりたかったのだろうか。

子供の記憶をたどってみる。

そうすると、 人を元気にしたい(自分がそうしてもらった恩返しとして)、

人の役に立ちたい(純粋に社会への贈与の気持ちとして)、

楽しく過ごしたい(自分も周囲も)・・・とか、

そうしたシンプルな思い、名詞にならない動詞のようなものが自然な思いだったと思う。

だけれども、与えられた仕事は名詞ばかりなので、勝手にカテゴライズされてしまう。着丈が合わず肩がこる既製服(S/M/L)を着せ続けられるように。

ただ、人を元気にする、街を元気にする、というように仕事を動詞として見直すならば、職業名などのジャンル分けはそれほど重要ではなくなり、時に足かせになることがわかる。

近代は、質の問題がおろそかにされた。

絵も芸術作品も、すべてお金に換算されたり、影響力や動員数に換算されたりして、質の問題はすべて量の問題にすりかわってしまった。 しかも、すりかわったこと自体がわからなくなってしまった。

質というのは、ほんとうはシンプルなことで、 丁寧に仕事をする、心をこめて仕事をする、とか、評価という「量」の次元に落とすことができないもの。そこには「時間」が形を変え、「質」として顔を出す。

完成するまでにかかった「時間」は、作り手の人生の「時間」が入っているかどうか、ということでもある。

僕らの感性をフル活用すれば、必ず「質の違い」を感じ取ることができる。 それは、自分自身の感性に嘘をつかず、自分自身の感性の汚れを掃除して磨き続ける結果、得られるもので。

部屋は散らかるし、服は汚れる。 生まれてから死ぬまで、ずっと掃除と洗濯を続けている。

見えよう見えまいとも、外側だけではなく自分自身の内部に対しても掃除と洗濯は継続する必要がある。 「質」の感受性がくもらないように。

誰かが見ているからする、誰かが見ていないからしない、とか、評価の軸を外側に置くのではなくて、 自分の内部に価値基準や判断基準が生まれることが、「質」の問題とも通じている。 自分は芸術に接することで、「質」を学んだ。

戦うべき相手は外にいるのではなく、昨日や今日の自分といった、過去の自分としての内部に巣食っているいるように。

ことば、というのは不思議なもので、自分で何気なく使っていながら、無意識に縛れてもいる。 おそらく、自分の言葉を常に聞いているのが自分自身だから、ということもあるだろう。

ことばでの対話を拒否する人は、おそらく「わかる」ということが「わかっていない」。

というのも、日本語の「わかる」には、「理解する」と「同意する」の二つが混入していて、対話で求められるのは「同意する」ことではなく、「理解する」ことなのだ。

相手のことに「同意」できなくても、「理解する」ことはできる。

こどものとき、この世界のすべてに「同意する」ことはできないとは思ったけれど、だからこそ「理解する」ことはしたいと思った。

自分は日々学び続けている途上にいるが、それは人類の行いに「同意」したいからではなく、「理解」したいから。

きっと「対話」の現場でも同じことだ。

とまあ、つらつらと書いてみたが、 「互いを理解する場をつくる」、ということが、どんどん複雑になっていったものが、街づくりや場づくりで、プリミティブな場を作り続けることが、大切な気がした。結果は、その場その場ですべて即興的に異なる。

原始的な対話の場で、人類の曙の日々、数十人で人類の祖先が集まり、「どうやってこの過酷な自然を生き抜いていこうか?」と、ともに悩み考え、その結果として群れから「共同体」や「社会」というものを形成していった原初の日々を、対話の場として追体験しているのだろう。

・・・・・

たった2日いただけで、なんだか小学校時代からの知り合いのような気がした。

僕らは「井戸端会議」(モノローグの押収で、お互いが変化しない)のような会話ばかりを行っているばかりで、日常の中で真に創造的な対話(お互いが変化する未知で開かれた場)がなかなか存在していない、ということなのかもしれない。

みなさんにとっても親切にしていただき、ほんとうに楽しい2日。 次は津屋崎の古墳群を見に行きたい。

耳のすぐそばで波の音を聞きながら眠ったのは、今でも身体感覚として残っている。波の音が波紋として身体を響かせ続けているのだろう。


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