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剥き出しのいのち


2017(平成29年)6月10日に子どもが生まれました。 こちらの世界にようこそ!

十月十日(とおつきとおか)の計算で行くと、予定日は7月6日頃だった。 一か月も早く生まれたのは、月の強い影響。

6月9日は強い満月(Strawberry Moon)だった。

月と人間との関係を考えずにはおれない。不思議なものだ。月は遠くにいながら、人間の体に大きな影響を与えている。

そして、子どもが生まれた日は、母方の祖父の誕生日でもあった。

生まれてくるときの赤ちゃんは、明らかに自分の意思で生まれてきていた。

頭の大きさと子宮口の大きさとの関係から、自分で絶妙なタイミングを図って計算している。母体への影響を最小限に、自分も最小限の力で出れるように。出たいという思いと、もう少し待たなければという思いも、すべてあわせて。

陣痛という月のリズムでやってくる母体の波のようにうねる動き。 子どもにとっては母体という海流にあわせて、自分の意思で外の世界に出ようともがいていた。 体が出れるように、精妙に巧妙に体を回転させながら、必死で命がけでこの世界にやってこようとする姿勢に、本当に感動した。

人は忘れているだけで、こうして命がけで生まれてくるのだ、と。 忘れているだけで、強い勇気と強い意志を誰でももって生まれてきているのだ、と。

生まれたての赤ちゃんは弱い。だからこそ、人々は守らなければいけない。完全介護だ。食事も排便も。

だからこそ、人の生命は、愛を核にして成立していると改めて思う。 愛されなければ、生き残ることすらできないのだ。生きていることは、生き残っていることでもある。

生まれた後の赤ちゃんは、一秒一秒進化しているのを感じる。数十分、数時間で顔がどんどん変わる。体の動きの質が変わっている。

呼吸を全身で波打つようにしている。体が分離せずにひとつになっている。すごい。

母乳を吸おうとする行為は、あらゆる技術を総動員させないといけない。 吸うという動作は思っている以上に複雑で、その仕草を少しずつ練習して学習しながら、確実に目的に向かっている。食の原点。すごい学習能力だ。

数分ごとに寝たり起きたりしている。意識は不安定な中での動的平衡を保とうとしている。 ああ、こうして意識というのは発生してくるのだなぁ、と思う。このとき、あらゆる外的世界を学び続けながら、内なる無限の内的世界との接合をしているのだな、と。

赤ちゃんを見ているだけで飽きないが、それはおそらく過去の自分自身と出会っているからだと思う。 一秒一秒進化してきたプロセスを。 そして、今でも、自分自身が一秒一秒進化している、ということを。

赤ちゃんの顔を見ていると、ああ、もう僕らが教える事は何一つないのだ、この子たちは、もうすべて知恵を内部に蓄積したうえで、きているのだ、と、思う。 そういう顔つきをしている。知っている、蓄えている、備わっている、という顔を。

あとは邪魔しないだけだ。知恵を引っ張り出すというより、自然に出てくる状況を準備する、ということだろう。邪魔しないというのが難しい。人は何かをしてあげたくなるが、何もしないことと、しないことをすることは、大きな違いがある。それは、「待つ力」の差だろう。相手の「生きる力」を自分が「信じる力」でもある。

見ているだけで、なんだかドキドキするのは、いのちやたましいが、むきだしだからだろう。

あなたにも、わたしにも、こういう剥き出しのいのちやたましいが奥底で守られていることを忘れてはいけないと、強く思った。


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