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鑑真記念館


南さつまへの旅は、鑑真記念館に行くためだった。 鹿児島の南、坊津へ。

鑑真記念館 鹿児島県南さつま市坊津町秋目225-2

鑑真和上は仏教を伝えに来たが、医療も含めて広範な文化を命がけで伝えに来た。 5回の渡航の失敗で失明までした。

ただ、日本へ正しい仏教を伝える思いは消えない。 6回目の渡航で日本に上陸した。

それが753年のこと。

心の目で見た日本は、どうだっただろう。  そのロマンに心を打たれる。

阿倍仲麻呂も遣唐使の一人として関係があり、謎が多い阿倍仲麻呂の足跡もを調べてみなければいけないと思った。

元々、平安時代の医書である『医心方』を勉強していて、そこに鑑真和上の処方が出てきて驚いたのだった。 鑑真和上は、仏教の権威だったが、同時に医薬に通じ、特に仙人になるための仙道、服石に詳しい人でもあった。有効事例も副作用も知り尽くしていて、その処方が医心方に多く出ている。

だから、鑑真和上が日本に上陸した土地を見てみたいと思い、ここへ伺った。

記念館では館長さんから色々なお話を伺い、改めて、医療や仏教の歴史を別の角度から学び直してみたいと思った。

井上靖さんの「天平の甍」(新潮文庫、1964年)という本に、このことは詳しく書いてある。

――――――――― <内容> 天平の昔、荒れ狂う大海を越えて唐に留学した若い僧たちがあった。故国の便りもなく、無事な生還も期しがたい彼ら―在唐二十年、放浪の果て、高僧鑒真を伴って普照はただひとり故国の土を踏んだ…。鑒真来朝という日本古代史上の大きな事実をもとに、極限に挑み、木の葉のように翻弄される僧たちの運命を、永遠の相の下に鮮明なイメージとして定着させた画期的な歴史小説。 ―――――――――

坊津にあるアコウの木はすごかった。

巨大な生命体であることがまざまざと。

海からの目印でもあったと、看板に書いてあった。

鑑真和上も、このアコウの木を見たのか。

生命ある場では、ふと光が気になる。

そして、光が本当に美しい。まるで生命のように。

鹿児島知覧の武家屋敷。 日本茶は、知覧茶が世界一美味しい。 

近くにある知覧の特攻隊記念館は、時代を超えていのちが流れこんでくる場。 いい世の中をつくってください、という祈りに満ちた場。 

熊本に帰っても、九州の光は力強かった。

熊本の島田美術館と、我が家での障子の光。

この蒸し暑い南国の風土が、九州人の気質を無意識にも作りあげている要素でもあると、改めて感じた旅だった。

明治維新での立役者となった薩摩藩。 薩摩の若き人たちは、新しい日本を、無視できなかった。ほっとけなかった。

義信に溢れた若者たちが立ち上がり、一部は死に、一部は生き残った。

明治維新は、つい最近の事だ。

明治維新での西欧化は急激だったから、いまだにその歪みはある。

ただ、そうしたプロセスを経ないと、日本は植民地主義の動きの中で統治・支配されていた可能性もあるので、しょうがないことでもあった。

今がちょうど、日本の近代化を見直し、いいところはいいとし、悪いところは悪いとし、色々な面で改めていくちょうどいい時期だと思う。

鹿児島の歴史ある場所を旅しながら、ふとそういうことを感じた。


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