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齋藤陽道「神話一年目」


齋藤陽道(はるみち)さんという写真家がいる。 友人として個人的に親しくさせてもらっている。

今回、とある本での写真の撮影があり、陽道(はるみち)さんに是非写真を撮ってもらいたいと思った。快諾していただき、久しぶりに話した。

そして、彼の新作「神話一年目」も見せてもらい、購入した。 彼の写真はさらに進化していた。

陽道さんは、耳が不自由だが、一緒にいるとそういう不都合さをまったく感じない。 というか、そこに何か不都合さなんてあっただろうか?と思えるほど、コミュニケーションが自然に行われるのだ。五感が機能していることと、コミュニケーションがとれることとは、全く別次元のことなのだと、彼と話す度に逆説的に思う。

こちらの意思を伝えようとするときは、紙を適当に見つけ、ペンで文字を書いて伝える。 彼も文字を書いて返事をする。 授業中にひっそりメモで会話をしていたときのように、日常の水面下でコミュニケーションをしているようで面白い。大事なことは、常に小声でささやかれるように。

陽道さんと一緒にいると、こちらにも膨大なメモが残され、会話が文字の記憶として定着され残される。その紙には彼との会話の体温のようなものが残されていて、自宅に戻ってもすぐには捨てられない。

時差を伴って会話が自分にも再度訪れてくるのだ。

リアルタイムで会話した時間と、自分の家で静かに反芻する時間として。会話をした確かな印として、後で手紙が送られてくるかのように。

陽道さんの新作「神話一年目」は、それはそれは息の飲むような美しい作品で、この世ならない写真だった。まさに、神話の時間が流れていた。

この写真を生む母体になっているのは、彼が結婚し、子どもが生まれ、子どもが誕生した日を神話0年として、ここから家族の神話を作り上げていく、という強い意思を感じさせるものだった。

わたしたちの日常。 そして、その底に流れている静かな時間。

陽道さんの写真には常に静寂さが、一つの基調低音として流れていて、ああこんなにも世界は静かで神話的ななのか、と感じさせてくれる。

静寂(サイレンス)は、写真に確かにうつるのだ。

・・・・・・・ 彼との最初の出会いは不思議なものだった。 3.11の出来事があり、自分も医学の象牙の塔でこもってないで対話の場を広く開いていこうと思った。NOTHの企画として、とある古民家で一般向けに1回目の話をさせてもらった。

ほとんど広報もしていないのに、彼はどこからともなく聞きつけてやってきたのだ。

彼は、自分の高校時代の友人である坂口恭平氏の紹介で、ワタリウム美術館で個展を開くまでになったが、当時はまだ無名の写真家だったような記憶がある。プロとしてではなく、趣味として素晴らしい写真を静かに撮り続けていた。

NOTHで話をするとき、事前にメールが来た。 「僕は耳が不自由なのですが、大丈夫ですか」と。 自分は、もちろんです。身体の話しなのですから、そういう方にも大丈夫なように準備をしますよ、と伝えた。

その後、また別の人からメールが来た、 「私は目が見えない音楽家です。バイオリンを弾いています。私でも聞きに行って大丈夫ですか」と。 自分は、もちろんです。どうぞご自由に来てください。楽しんでもらえるよう頑張りますよ、と伝えた。

自分の一般向けの公演は、耳が不自由な方、目が不自由な方が来ることになったので、スライドや話をすべて作り替えた。 耳が不自由な方向けに、スライドはビジュアルを駆使し、かつそこに文字で説明を入れる。 目が不自由な方向けに、図を見てください、ではなく、ビジュアルを言語で克明に説明する。そして、目をつぶっても楽しめるように、音声に抑揚やリズムを加え、話に音楽の要素を取り入れる。

自分の話は情報量が多いと言われるが、もしかすると会場の中に目や耳が不自由な人が来ているかもしれないと思い、そういうスタイルにするようになったのが原因だ。 登山の時は立場が弱い人に歩調を合わせるのが当然だから、自分は体が不自由な人を中心に歩調を合わせる。

陽道さんとは、そういうことから関係が続いている。 プレゼンのスライドに文字を添えている時に、ふと彼の笑顔と困っている顔が浮かぶことがある。 自分のプレゼンテーションが独りよがりにならないように、五感を駆使して伝えるようになったのは彼のおかげでもあると思う。感謝している。

陽道さんの新作「神話一年目」は本当に素晴らしい写真で、見るたびに自分は驚いています。

彼のTwitterによると、下記の値段+神話二年目以降の旅のサポート値段(お気持ち)で購入できるみたいです。Twitter経由で連絡するか、自分に行ってもらえれば彼にお伝えしますので、是非。

========= 齋藤陽道‏ @saitoharumichi 4月26日 「神話(1年目)」が、そろそろ届きはじめたようです。当初の思いよりもはるかに反響があったのでちゃんと印刷にしました。300部限定で、約150部がでてゆきました。 写真にできる新しい試みとして、原価送料込みで1250円プラスに、神話2年目への旅の応援としておきもちをいただいてます。

=========

齋藤陽道@saitoharumichi Twitter

齋藤陽道 HP

NHK ハートネットTV ブレイクスルー File.23 僕にしか見えない”感動”を写す ―写真家 齋藤陽道― 2015年2月2日(月曜)再放送2015年2月9日(月曜)

ほぼ日刊 イトイ新聞 ダイアローグ 齋藤陽道(2012年)

P.S.

齋藤陽道(はるみち)さんは、詩人の岩崎航さんの「点滴ポール 生き抜くという旗印」の写真もとられています。この詩集も写真も本当に素晴らしいのです。

自分はあまりにも感動し、合計20冊近く購入して配りまわりました。「勝手に伝道師」として。笑

○NHK ハートネットTV

生き抜くという旗印 ―詩人・岩崎 航の日々―

2015年9月8日(火曜)再放送2015年9月15日(火曜)

(3年前にブログに書いてます) ○岩崎航(著),齋藤陽道(写真)「点滴ポール 生き抜くという旗印」(2014-03-02)

=== 齋藤陽道『神話一年目』より

2015年10月24日、子どもが生まれました。

ぼくはお産の一部始終に立ち会いました。

朝の9:46分、産道をくぐりぬけて、羊水につかってのぼせた顔 をさらにまっかにして泣いて、たぶんきっと産声をあげながら、すこしばかりの血にまみれて、そうして生まれてきました。

まだ名前もない、血まみれのそれが、母親の腹の上で寝ながら、すうっと開けた眼に、そのまなざしにぼくは射抜かれました。

「赤ちゃん」「ぼくの子ども」と、言うこともはばかられました。

無力な存在なんかではありませんでした。

何もみていないようでありながら、なにもかも見てきたようなまな ざしでした。

それは、まるでなんでも知っている全知の存在でした。

思えば、九ヶ月目にはいった胎児は、単細胞の形から始めて、生物が試行錯誤してきた遺伝子の生態形態を辿りなおすといいます 。

その種族の進化の末、いま現代にやってきた生命体。

それは、すなわち、現代の今ここからにおいてはたしかに無力かも しれません。

でも、何十億年の凝縮された歴史を見てきたばかりの、存在でもあ りました。

そんなことを納得させられる、まなざしでした。

きみはもうなんでも知っている。

そんな、畏怖する想いがまずありました。

「子育て」なんてとんでもない、「親育て」されているという自覚がしぜんと生まれました。


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