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Pink Floyd「Meddle(邦題:おせっかい)」(1971年)


ピンク・フロイドの「Meddle(邦題:おせっかい)」(1971年)を聞き直す。

オープニングのインストゥルメンタル「One of These Days(吹けよ風、呼べよ嵐)」では、風の音が20数秒流れて、不思議なベース音が鳴り響き、意識のスープを攪拌させる。この曲は、アブドーラ・ザ・ブッチャーの入場テーマ曲でもあるのだ。

23分30秒の「Echoes(エコーズ)」という大曲も、実験的精神に富んだゆらゆらと浮遊感のあるすごいメロディーだ。空間の中で自分がこだまとなり反響しているような身体感覚がある。

Youtubeではなかなか伝わりにくいのは、やはりLPが音楽空間そのものにまで影響を及ぼしているからなのかもしれない。

アルバム・ジャケットは、音波で波状が立った水に映った耳。音楽が総合芸術。

芸能山城組の『アフリカ幻唱』(1982年)というアルバムもなぜか同時に聴いているが、時間と空間を超越している。 

トラックのタイトルも、

獲物がとれたことを祝ううた、冗談うた、ゲレ族の祈祷、子供たちの仕事うた、しとめた鳥・・・・・

など、アフリカ世界での唄と生活と生きることと祈りとが一体化した不思議な魅力に溢れている。無数に折り重なる男女の声が、立体作品として渦のように迫ってくるようだ。

どちらの音楽も、日常とは違うレイヤーの意識状態になる。多層に深くポリフォニーとしての意識に。

レコードの音響で、その感覚がよみがえる。

自我が単層構造だと、単層の現実にしか対応できず、脆い。 自我は、変化を恐れる傾向と変革しようとする傾向。相反する傾向を持っている。その力学で成長し続け、多層構造が作られる。しかも入れ子状になっている。 「わたし」は、いつも未完の状態にあり、発展する傾向に向けて開かれた存在である。 音楽を聞いていると、そのことを実感するし魔術的でマジカルな力を感じる。

おそらく、人の無意識という層に、境界を越えてダイレクトにアクセスするのだろう。

だからこそ、村上春樹さんの作品には音楽が満ち溢れている。


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