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光がきれいな日は、緑がきれいだ。 空気中の水分子が特殊な組成のとき、光が空間を美しく貫通する日。 そういう日はなんだか嬉しくなる。

若松英輔さんが染織家である志村ふくみさんの文章を紹介されていて、志村ふくみさんから「緑色」の本質を知った。

植物に多い緑は、糸に染め出すことはできない。 緑の糸を作るには、刈安などから黄色を作り、黄色の糸に藍を掛け合わせて作る。

志村ふくみさんは、黄色を光に最も近い色だと言う。 藍は、甕で発酵させて建てる(藍色は、「作る」ではなく「建てる」と呼称する)。

志村ふくみ『ちよう、はたり』 「黄色の糸を藍甕につける。闇と光の混合である。そして輝くばかりの美しい緑を得るのである。」

志村ふくみ『色を奏でる』 「やはり緑は生命と深いかかわり合いを持っていると思う。生命の尖端である。 生きとし生けるものが、その生命を限りなくいとおしみ、1日も生の永かれと祈るにも関わらず、生命は一刻一刻、死に向かって時を刻んでいる。とどまることがない。 その生命そのものを色であらわしたら、それが緑なのではないだろうか。」

シュタイナーは、『色彩の秘密』の中で、「緑は生命の死せる像を表す」とも書き、「緑は生と死のあわいに明滅する色である」とも述べている。

いづれにせよ、緑は生命の深い原理に関与する色なのだろう。 そう聞くと、緑の洋服も、ちまたに溢れる人間が関与した「緑」のすべてのものも、また違った風に見えてくる。


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