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公園や教会にて

北区にある飛鳥山公園は渋沢栄一の別荘(後に本邸)とは知らなかったなぁ。


確かに東京の地形がよくわかる。いい景色だ。ここで東京の経済を構想していたんだなぁ。

どうやってお金を循環させて、経済が循環するか、ということを。











飛鳥山公園にあるSL。

実物見ると興奮する。巨大な鉄の塊。産業革命。

人と動物で動いていた時代から、鉄道や車で動く時代への切り替わり。





















公園の次は教会。

丹下健三作の東京カテドラル聖マリア大聖堂。すごい。

スケールが大きすぎてしゃしんにおさまらない。








荒井由実「翳りゆく部屋」はユーミンの曲で大好きな曲のひとつだけど、イントロのパイプオルガンはここのものだと聞いたことがある。実物のパイプオルガン(日本最大?)はすごかった。(ぜひ内部に見に行ってみてください。)


外にはルルドの洞窟もある。







「私は道であり、真理であり、いのちである。

私を通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。」(ヨハネ福音書14章6節)


「あらゆる善い業を行って実を結び

神をますます深く知るようにしなさい。」(コロサイの信徒への手紙1章10節)









軽井沢も、キリスト教の宣教師のひとたちが移りすんでできあがった別荘地からはじまった。(もちろん、その前は中山道の宿場町だったわけですが)

キリスト意識のようなものと、日本(カミ・ホトケ)の意識がぶつかり、せめぎあってできた。


自分は昔から、こういう異世界があわさった場所にいることが多い。

熊本で自分が生まれ育った場所、本妙寺も、仏教とキリスト教が協力して、ハンセン氏病の人をかくまった場所だった。


自分は特定の宗教にはいっていないけど、ブッダのこともキリストのことも深く学んだつもり。

宗教性の深いものが、人生の場面場面の底に流れているのを感じる。切り替え時期は、そうした香りが深奥から沸き起こってくるのを時に感じることが大事なんだろう。











公園に行くと、学校も休校となり、人が大勢いる。

やはり狭い屋内に人が大勢いたこと自体が異常だったんだろう。


いま起きていることは、きっと何かの前触れなんだろうなぁ。


もっと大変なことが起きるときの予行演習のようなもので、危機を適切に乗り越える術を、いまのうちに個人と社会とが、それぞれ身につけておかないといけない。


個人は個人で考え、社会は社会で考える。

個人が成長するように、社会としてのシステムは最適な方向へと成長するよう考える必要がある。

ある意味でのサバイバル技術のようなもの。


医療にも急性期医療と慢性期医療があり、急性期の対応がしっかりできることがまずは大事。

その上で、慢性期にもしっかりと対応できるような社会になる。

この二つは別のフェーズだけど、それぞれスピード感や大切にするものが違う。


立ち止まる時間は、考える時間。考え直す時間。

うそやほんとうがあぶりだされる時間。


個人でしっかり考える。

その上で、個人がシステムや場の中に入り込んだ時、システムや場に押しつぶされないよう、個の力で、場の力を高めないといけない。

これはなかなか大変なことで。


巨大な組織の中にいたことがある人にはわかる。

場の力は強く、個人は時に脆く弱いことを。


でも、そのことに挑戦するのが、生物の中でも人間という種の特質だとも思う。







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