自然治癒力が発動する街や暮らし

前世の記憶か、というほど、すでに東京というメガシティーは懐かしい気持ちになる。 人類は自然から脳化社会としての都市をつくり、ある極点に至った。それは別に悪いことではなく、歴史の必然だ。 過去にこだわるのではなく、さて、いまからどうするのか、と、視点を今ここと未来へ向ける。時は常に流れ続けている。 脳化社会の極点としての巨大都市に住んでいたからこそ、次のステップへと進めるのだから。 いまある問題の本質をカオスの中から発見し、現在の課題として受け取る。ベストを尽くして課題解決をはかり、次の世代へとトーチを手渡す。 次の時代の社会のありかたを、軽井沢をモデルにしながら、存在が肯定される健康的で生命を中心にした街づくりの大河の一滴になりたい。医療は、あくまでも社会全体の役割のひとつだ。 上野公園は人がいなかった。ホームレスの人は野生の眼を光らせる。ギラリと虚空をにらみつける西郷さんは、明治という激動期にどういう未来を夢見ていただろう。今は過去にとっての未来であり、今は未来にとっての過去の1コマだ。今を生きる人が、時と時とを結びつけている。 東京から軽井沢への新幹線での帰りでふと浮かんだこと。 子育ては、同時に親育て。 そして、過去に自分がしてもらって記憶の海から思い出せなかったことを思い出すきっかけになる。 そして、都市の成長も、人間の成長のあり方から学ぶことができる。生命ある社会のためにも。 子どもになんでもお膳立てして、レールを敷き、一から十までお節介し続けると、子どもはスポイルされ、子どもも大人も自立できない。 では、放置すればいいか、というわけではなく、共同体の網目が壊れた現

童心と雪と遊び

軽井沢でも雪が降った。27㎝。 童心に戻って子どもと雪で遊ぶ。 子どもには迷いがない。子どもの心には葛藤がない。だから、その余剰エネルギーをすべて遊びに全力投球だ。 うらやましい。子どもから学ぶことたくさんだ。 雪かきをしていたら、なんとか手伝おうとしてくれて、ほうきと、ちり取りで手伝おうとしてくれた。優しい心の発露は誰にでもある。こうした心を毎日毎日育てていくことで、慈悲の大木が育つんだろうなぁ、とも。 雪かきしながら、冬山での雪洞づくりを思い出した。 学生の頃、厳冬期の冬山登山とか、よくあんなクレイジーなことしてたもんだな、と。 遊びでもなんでも、命がけで楽しく学ぶのが、何よりも楽しいのは変わらないんだろう。

愛の本質は距離

雑感。 愛の本質は距離。 嫌いになったら、好きになるところまで離れればいい。嫌いになった理由は、距離が近すぎるからであって、相手の問題ではない。 そうしたことを、夫婦関係でも人間関係でもいつも心がけている。 街に関してもそうで、東京が嫌いになりかけていたので、好きになれる距離まで離れたら軽井沢に住んでいた、ということ。 (地元の熊本は嫌いになって離れたわけではなく、文化が集まる東京が好きで、好きだ、という吸引力が当時、勝ったから・・) ウイルスの問題も、距離の問題なんだろうなぁ、と思う。 今まで、ほとんどの人はウイルスを好きでも嫌いでもなかったのに、突然毛嫌いしはじめたのは、距離が近くなりすぎたから。相手の問題ではなくて、距離の問題。 ウイルスと人、細菌と人とは、ある程度の距離をとって共生していた。 今はウイルスとの距離がゼロになってしまい、パンデミックになった。 だから、ウイルスと距離をとらないといけない。外出しないことも、ウイルスと距離をとることだと、個人的に受け取る。あまり複雑に考えず。 では、そもそも、なぜ人間とウイルスの距離が近づいたのだろうか。 やはりウイルスの居場所がなくなったからじゃないのかな。 人間も同じことだが、誰にも居場所は大事だ。 地球から自然や森がなくなると、動物も虫も同じようにウイルスにも居場所がなくなってしまう。ウイルスは新たな生態系を求めて人間に住まざるを得なくなる。彼らにしても、ある意味では苦肉の選択なんじゃないかなぁ。 短期的にはウイルスとの距離をはかる。いづれ終息するから。ただ、もちろんいつになるかは予測できない。その間の人々の保証や安心を

『病の神様の微笑』(「兵庫県立横尾救急病院展」横尾忠則現代美術館)

横尾忠則現代美術館では、『兵庫県立横尾救急病院展』2020年2月1日(土)-5月10日(日)が随時開催中・・・のはずでしたが、このご時世、定期的に休館となっております。開催状況は随時HPなどで会館状況を確認していただきたいのですが、横尾さんからご依頼を受けた図録の巻頭テキスト。やっと図録が完成しました! この展示を横尾さんと話していたのは、2019年の夏ごろだったかなぁ。 その時から、オープニングを全員マスク着用という構想は話しておられて、2020年1月31日のオープニングでは、コロナ騒ぎなど何もない時に全員がマスク着用というオープニング。 まさに、いまの状況を1年前から見越していたかのようで、横尾忠則というアーティストがどこアクセスして絵を描いているのか、その一端を感じさせるエピソードでもあります。 巻頭テキスト『病の神様の微笑』は、自分の横尾忠則愛を炸裂させて書いたテキスト。まさに「異界」や「死」をテーマに、芸術論を書いています。あまりに深い無意識に潜りすぎて、書き終わった後に自分も卒倒したくらいです。 この展示も、昨今の事情から見ると伝説になる展示になるかもしれません。 図録もかっこいいものになっています。 まさに今の時代にシンクロしている内容になっているるので、ほんとうは手に取って読んでほしいなぁ! 5月9日へと延期になった美術館での講演も、開催できるといいなぁ! ■2020/5/9(Sat)(14:00-15:30):「健康学入門 ~宇宙船人間丸 創造マニュアル」@横尾忠則現代美術館(兵庫県神戸市灘区原田通3丁目8-307) (cf.『兵庫県立横尾救急病院展』20

FM軽井沢と、ねむり

3月29日(日) 11:30~ FM軽井沢のラジオに出まーす。新幹線で軽井沢駅に着くたび、駅にスタジオがあっていつも気になっていました。 軽井沢に来て、軽井沢病院前の初仕事? 20分ほどのロングインタビュー。 今後も定期的に出たいなぁ。 軽井沢の地元に根付くラジオですが、今はインターネットでどこでも聞ける時代。 日曜お昼。稲葉くんは元気してるかなぁ?と思ったら、ぜひ聞いて下さい~。 ●FM軽井沢 https://fm-karuizawa.co.jp/ ●インターネットサイマル放送 https://www.jcbasimul.com/ ●【radio】2020/3/29(Sun)(11:30-11:50):KARUIZAWA Sunday Breeze(FM KARUIZAWA 77.5MHz)(guest:稲葉俊郎、メインパーソナリティー:清水とも子)(番組HP) 自分は、1000メートルの軽井沢に住み始めて、毎日毎日、夜は泥のようにとろけるように寝ております。1000メートルは、人体に程よいようです。土と空の間。海と空の間。ほどよいバランス。 毎日毎日、朝起きるたびに生まれ変わって常に来世来世・・のような日々。 眠りとは、本来恐ろしいもの。 なぜなら、眠って朝に目が覚める保証は何もないからです。 赤ちゃんや子供が、眠る前にぐずったり嫌がったりするのは、体が眠りにつこうとしていることに不安を感じ、頭が抵抗するからだと思います。自分自身、子ども時代にそうして眠りに抵抗していたのをよく覚えていますので。 眠りは死の疑似体験のようなものなのです。 ということで、いま、社会にはしばしの

絵本『おにの神さん』と百目鬼温泉(山形)

山形ビエンナーレの打ち合わせもあり、山形に行きました。 山形は改めて食事が素晴らしく、自然も雄大で、本当に素敵な土地。 行くたびに好きになります。 山形の写真を。 東北芸工大 夕食 メルカド(山形市七日町2-7-36 熊谷ビル 2F) 美味しかったなぁー。 昼食 そば 木綿花(ゆうはな)(山形市東青田3-8-36) ここも美味しかったー! こけしがすごい・・・ 三瀬夏之介さんの絵本。『おにの神さん』。やっと買えた。東北芸工大の本屋さんにて。 福音館の、こどものとも、や、かがくのとも、のシリーズは本当に素晴らしく、たくさん持って集めている。 短い中に、真理が詰まっているのが絵本の素晴らしいこと。 世間のことばではなく、真理のことばが詰まっている絵本は、まるで仏教書のようだ。 三瀬さんの絵本も、鬼、荒神様、荒御魂、、のような、荒ぶる神を考える格好の教材。子どもだけではなく、むしろ大人にも。 口触りいい本が多い中で、こうした絵本こそが、本として必要なんですよね。 なぜなら、ウソは常備薬で、真実は劇薬だから。 三瀬さんの絵本は、真実を書いてるからこそ、劇薬なんです。 子どもは、真実をこそ求めている。 誰もが、真実の力を得ながら、人生をサバイブする力を育てていくんだと思う。 新型コロナウイルスの状況を見ていると、絵本と現実がシンクロするなあ。 三瀬さんの、おにの神さん、の絵本を買って、山形で行った温泉は、百目鬼温泉(山形市百目鬼42-1)。なんと読むのか、想像してみて下さい。 田んぼのど真ん中で温泉が出てきてしまったらしく、田園の中に、鬼が飛び出たように温泉が湧く。 だからなのか、とにか

NHK総合「AI美空ひばり あなたはどう思いますか」(3月20日深夜)

久しぶりのTV出演のお知らせ。 昨年の紅白。AI美空ひばり、見られましたか? 紅白放映後に、山下達郎さんがラジオで「死者の冒涜」と発言したことで、年明けにもさらに賛否両論が巻き起こりました。 では。 美空ひばりさんをAIで再現する。 果たして、どこに問題があったのか?どこに問題がないのか? その検証番組を、NHKが行います。 →(3/20金曜(23:45-0:38):NHK総合「AI美空ひばり あなたはどう思いますか」) インタビューには、ビートたけしさんや、つんくさん、大友良英さん、弁護士の水野さん・・・の並びで、自分も出ています。光栄! NHKも、放映して終わり、ではなく、賛否両論が巻き起こった時に何が問題なのか?と、検証番組を作るのは素晴らしいですよね。 こういう誠実な態度こそ、あらゆる業界が見習わないといけないなと思います。 新しいものが社会に生まれた時、こうして少しずつ社会との線引きを決めていくことは、とっても重要なことだと思います。今後、AIとわたしたちがどのように共生していくのか? わたしたちは何に違和感を感じているのか? ウイルスとの共生が問われている昨今、そうした問いの一環としても、是非ごらんください! →NHK 番組HP ちなみに、撮影場所は東大農学部の奥にある「アブルボア」という素敵な場所。 ここはバーもあり、カフェもあり、ランチもできる。アブルボアは「動物達の水飲み場」という意味で、本当に素敵な穴場! あと、東京大学向ヶ岡ファカルティハウスという格安のお宿もあるんですよ。(予約面倒ですけど学外の人も泊まれます) ぜひぜひみなさま、東大農学部内にあるアブル

信濃毎日新聞「ひととき」『人と健康 調和を求めて』(2020年3月17日(火曜))

さっそくですが、本日(3/17火曜)、信濃毎日新聞の「ひととき」というコーナーに、自分の記事が載っています。 『人と健康 調和を求めて』 という記事。 長野にお住みの方は、ぜひお読みいただければ! 自分自身、読んで涙が出ました。 クレーマーと呼ばれ続けたあの女性も、この記事で浮かばれたんじゃないかなぁ、と。 たしかに大変な人でしたが、ふと面影を思い出して・・・。 この記事をまとめたのは、信濃毎日新聞社、佐久支社軽井沢支局の河田大輔さん。自分の複雑怪奇でカオスな話を(汗)、これだけうまく文章にまとめる力量は、相当のものです。すごい文章力をお持ちの方です。こういう方が軽井沢に記者としておられることの幸せを感じます。一丸となって、共によりよい社会の創造に取り組みたいです。 2020年4月から取り組む仕事は、自分の全人生のキャリアを総合して、自分自身の全体性を取り戻す仕事でもあり、全身全霊で取り組みます。 ちなみに、ジャケットに付けているSDGsのバッジは、軽井沢の藤巻進町長にお会いした時、SDGsのバッジください、と言ったら、ご自身のを外して直接いただいたもの。うれしい! 自分の意思表明も込めて、バッジを付けてます。SDGsを視野に入れた医療を共に目指しましょう! ======== 外務省HPより ●持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)とは *持続可能な開発目標(SDGs)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて

生命との共生

森の中にいてWi-Fiもつながらずテレビも見ずレコードばかり聴いて子どもと遊んでいると、人間界の情報から取り残されて、逆に生命界からの情報が溢れていて、この感覚が楽しい。 学生のとき、冬山を縦走して下山すると、なんだか動物になったように人間の生態を客観的に観察するような気持ちになるから楽しかった。 夢を見るように現実を見る。同時に現実を見るように夢を見ている。 さて。 コロナウイルスを撲滅する、とラジオから聞こえてきた。誰が言ってたか発言者はわからなかった。 こうした戦争のメタファーを生命世界に持ち込むのはやめてほしい。戦争による解決は一部の人間の間の特殊で異常で例外的なやり方に過ぎない。 ウイルスは敵ではなくて味方でもなくて。 ウイルスの方が、太古から存在していた。 人間は新参者なのだか、新参者こそ大きな顔をするのはどこにでもある話で。 ウイルスは情報を伝えるためにいる奇妙な存在。(ただ、ウイルスから見たら人間の生態の方が奇妙かもしれない・・) ウイルスと人間を含めた生命は、最終的にはなんらかの形で共生することで落ち着くのは間違いない。ウイルスが全く消えてなくなることはあり得ない。太古からいたコロナウイルスは今後も定期的に流行し、感染し、情報を伝える媒体として人体という生態系を利用するだろう。人間が都合いいときは人間を乗り物として利用する。植物の花粉のように。 ウイルスの目的は、人間にはわからない。宇宙的な時間での生命の流れの一環としか言えないけれど、基本的には生命情報を伝える役割を担っているのは間違いない。 エントロピーの法則によると、エネルギーは拡散し、バラバラになる方向

軽井沢に

軽井沢に引っ越してきました。 軽井沢にいると、東京生活が前世だったかのように遠く懐かしく感じて、今までとは別世界に来ているよう。 みんな、自分のペースで暮らしている人が多くて嬉しい。 個人を大切にする生活。個人的と利己的とは違う。 個人を大切にして、大きなシステムに巻き込まれないようにしたい。 軽井沢の雪はシンシンと降り続ける。 音はないのに、シンシンというオノマトペが浮かんでくるのが不思議だ。 雪は、音も汚れも、何もかもを打ち消すように降り続けている。 地球の重力の存在を露わにするように。 地球が宇宙に浮かんだ星で、万有引力で引き合っていることを示しているように。 シンシンと一心不乱に振り続けている姿は、ただ美しいと思う。 軽井沢で新しい生活がはじまる。 (ちなみに、写真は我が家・・・と言いたいところですが(汗)、見学に行った(泊まってみたい)軽井沢の万平ホテルです。)

「体験しながら、同時に観察する」。慎重に、かつ良心的に。

自然科学での「観察」は、自分とは関係ないものとして蚊帳の外から安全地帯で観察する立場。 自分は科学の世界において、どうもこの態度が好きになれないところがあった。 「医学」は「科学」の側面があり、自分の中に「科学は好きなんだけど嫌い」というダブルバインドの感覚は、科学がもともと持っている「自分とは関係ない」という観察の態度のことなんだと気づいた。科学者が社会の場で発言するとどうもチグハグになるのは、自分だけは当事者じゃない、という職業として身に染みた感じが伝わってくるから。 それに対して、心理学者のユングが言うように、宗教での観察は「体験者として観察する」立場。このことは、芸術での本来的な立ち位置にも近いんじゃないかなぁ。 つまり、アートが自然科学のように外から観察するものとなると、アートは自分とは関係ないものになってしまい、良さが損なわれる。 自分が大切にしたい芸術や宗教の世界は、ユングが宗教の本質を指摘したように、体験しながら観察する立場。それは科学の限界でもあるからこそ大切なのだ。 。 つまり、自分もそのプロセス全体の一部として組み込まれているようなもの。 きっと、それは古来の祭りの本質でもある。 祭りは、そうして人とカミやホトケと共にある世界を作ってきたし、共に平和に暮らす場所を作ってきた。体験しながら観察する場として。 ひるがえって。 いま巷で起きている社会現象を見てみると、何かこうした宗教的な体験の本質に近い気さえする。 集団がわーーっと大きな動きに濁流のように動かされていく様子は、科学だったり医療の衣をまといながら、意外に本質は宗教的体験のような気さえする。河合先生

柏木ハルコ「健康で文化的な最低限度の生活」と「生存権(right to life)」

いまの社会の状況を見ながら、医療の状況を改めて考え直す。 在宅医療をしていて感じること。 実はこの社会には生活保護の人が多い。 そこには勇気をくじかれたり人が数多くいて、今の社会は這い上がれない社会を作っているのではないかと、考えさせらえることが多い。 医療の問題は、こうした社会の現実と無関係なことではなくて。 2017年5月の厚生労働省の発表資料によると、生活保護受給世帯数は164万世帯、受給者数は214万人。1.70%の人が生活保護を受けているらしい。 ふと思う。 生活保護はどういう思想や根拠で成立しているのか、と。 その原点を探ると、「生存権(right to life)」という考え方にあった。 しかも、それは日本国憲法の25条で規定されている学校でも習う有名な文面、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲法25条1項)のこと。 「生存権(right to life)」とは、人間が人間らしく生きる権利のこと。ある社会のなかで、健康で文化的な生活を営むことを内容とする権利のこと。 具体的には、どんな人にも勤労・教育の機会が与えられ、社会保障を通じて、健全な環境のもとで心身ともに健康に生きる権利が与えられる。そして、国家はそういう生活を国民に保障する義務が発生する。日本国憲法では,第25条を中心にしてこの権利を保障している。 人間にふさわしい生活の保障を国家に要求する権利は、生存権とも生活権とも言う。 生存権の思想は、近世自然法思想やフランス革命期からあったが、国民の生活の保障を国家の任務とすべきだ、とする社会国家の理念の確立に伴って,第1次大戦以後、基本的人権の一つと

公園や教会にて

北区にある飛鳥山公園は渋沢栄一の別荘(後に本邸)とは知らなかったなぁ。 確かに東京の地形がよくわかる。いい景色だ。ここで東京の経済を構想していたんだなぁ。 どうやってお金を循環させて、経済が循環するか、ということを。 飛鳥山公園にあるSL。 実物見ると興奮する。巨大な鉄の塊。産業革命。 人と動物で動いていた時代から、鉄道や車で動く時代への切り替わり。 公園の次は教会。 丹下健三作の東京カテドラル聖マリア大聖堂。すごい。 スケールが大きすぎてしゃしんにおさまらない。 荒井由実「翳りゆく部屋」はユーミンの曲で大好きな曲のひとつだけど、イントロのパイプオルガンはここのものだと聞いたことがある。実物のパイプオルガン(日本最大?)はすごかった。(ぜひ内部に見に行ってみてください。) 外にはルルドの洞窟もある。 「私は道であり、真理であり、いのちである。 私を通らなければ、だれも父のもとに行くことはできない。」(ヨハネ福音書14章6節) 「あらゆる善い業を行って実を結び 神をますます深く知るようにしなさい。」(コロサイの信徒への手紙1章10節) 軽井沢も、キリスト教の宣教師のひとたちが移りすんでできあがった別荘地からはじまった。(もちろん、その前は中山道の宿場町だったわけですが) キリスト意識のようなものと、日本(カミ・ホトケ)の意識がぶつかり、せめぎあってできた。 自分は昔から、こういう異世界があわさった場所にいることが多い。 熊本で自分が生まれ育った場所、本妙寺も、仏教とキリスト教が協力して、ハンセン氏病の人をかくまった場所だった。 自分は特定の宗教にはいっていないけど、ブッダのことも

インドダンスの普遍さ

ウイルス騒動で疲れてきたら、これを見よう。 頭が情報でいっぱいになったら、ギアを身体に移して気持ちを切り替える。 インドダンスの特性は、やっぱりヨーガとかインド哲学とかに関係あるのかなぁ。 なんでこんなに独自でありながら、同時に普遍的なんだろうか。 日本のポエジーやユーモアのテンポにあうのも不思議なことで! 同じ東洋だから? 言葉って、やっぱり身体言語からきたんだねー! ●【シンクロムービー】8時だョ!全員集合 × インド映画 (ドリフ) ●【シンクロムービー】サザエさん、アイアイ、ウルトラマンタロウ、 水戸黄門 (ナンにでも合う インド映画) ダンスという意味ではこれも同じ? 全身全霊、という意味では東洋も西洋もかわらない。 ●エアロビ笑点 (全米エアロビクス選手権/シンクロムービー)

いろいろとイベントのご連絡。

もう3月ですね。はやい! いろいろとイベント変更のご連絡。 ■2020/3/7(14:00-15:30):「健康学入門 ~宇宙船人間丸 創造マニュアル」@横尾忠則現代美術館(兵庫県神戸市灘区原田通3丁目8-307)(cf.『兵庫県立横尾救急病院展』2020年2月1日(土)-5月10日(日)関連企画) http://www.ytmoca.jp/exhibitions/2020/02/hospital.html →延期です。【2020/5/9(Sat)(14:00-15:30)】になります! 『兵庫県立横尾救急病院展』のオープニングは全員マスクだったりと、まさに現実を先取りしていたのは偶然ではないのだろうなぁ、と思いますね。 さすが横尾さんは預言者であり予言者だなぁ、と改めて。 今回の展示内容と現実がシンクロしていて、さすが横尾さん!だからこそ、美術館で話もしたい! ということで、GW最後。展示の会期も5/10が最終日ですので、ぜひ5/9に神戸へお越しください~。 ■2020/3/10:第19回 道の学校@慶應義塾大学日吉キャンパス〇奥平 祥子(華道、石草流いけばな 家元後継) →中止(or延期?)です。残念! ■2020/3/16(Mon)(19:15-21:30):「稲葉俊郎が軽井沢で何をしたいかを聞く会」@GOBLIN.代官山(渋谷区恵比寿西1-33-18) →まだ先の予定なので現時点では未定です。 もし中止とかになった場合は、申し込まれた方にご連絡します。 →申し込み ■2020/3/28(Sat)(16:00-18:00):「寺院数No.1 あいち寺フェス ~buddaG

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